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2011年9月16日 (金)

京成高架の耐震工事

Keiseikanban02 今朝、散歩に出たら数日前から作業が始まっていた京成高架の耐震補強工事の足場が組まれていた。
 左の写真は道路に面した橋脚であるが、白地に黒文字で、メッキ屋の看板が書かれていた。うっすら見える2桁の電話局番からすると、昭和20年~30年くらいのものだろう。
 ここは、京成日暮里駅改良工事で上下線が1階と3階とに分かれる上野側の始点になっているところで、工事の前は高架下に住宅や工場、倉庫などが間借りしていた。
 小学校の頃、同級生がここを間借りしていて、1度だけ中に入れてもらったことが有った。 この看板は、その建物の外壁を撤去した際に現れたものだった。多分補強工事の終わったあとは、綺麗に消されてしまうことだろう。また、1つ昭和の面影が消えてゆく。

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コメント

こんにちは
昔、常磐線で上野へ付く直前に、高架の下に家の窓が見えたのを思い出します。
おそらく今回ご紹介下さったあたりのことなのでしょう。

おばんです、工房5丁目様。随分と懐かしい場所を目にしました。子供の頃、良く遊びに行っていた場所です。京成の高架下には、確か家具屋さんの工場もあったような記憶があります。大倉家具だったような気がします。あの高架の向こう側には、上野寄りにポイントがあって 一本の線路が地平まで降りて来ていました。また一つ思い出と共に昭和が消えて行くようですね。

Brass_solder 様
 この、高架工事を始めるまで、鉄道関係の看板屋さんが入っていました。概ね2階建ての建物になっていて何区画かを分けて貸していたようでした。このような住宅は、日暮里から町屋くらいまでの高架下に存在していましたが、耐震補強工事で新三河島あたりまで、ほとんど撤去されてしまいました。

きぬやまスカンク 様
 引込み線は、日暮里駅上り線から途中から2線に分岐してこの写真のあたりまで有りました。京成の改軌工事のときまでは電留線に使用していたようですが、私はここに電車が入っていたのは見たことがありませんでした。新三河島方に渡り線もあったのですが、ホーム延伸工事で共に撤去されてしまいました。撤去したあと黒猫運輸の荷受所があったのですが、日暮里駅改良工事が始まる時に取り壊されてしまいました。いまこの場所に立つとかつての留置線跡の様子が良く分かるようになりました。

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